人間社会と自然界

私達は物心ついた時から、この社会の中での生きるすべを考えています。

たとえば小学校に入ったときから、勉強ができるように親から先生から、勉強勉強と

言われます。教室でも頭ができるかできないかで人の優劣の決めています。

算数や国語ができる子と美術や体育がすぐれた子とは同じ素晴らしいことなのに

算数や国語が出来る子を美術や体育ができる子より優秀と決めている流れがあります。

つまり、人間社会で多くの方々が認めることにより、人の上下を決める判断しています。

今、普通の疑問点を書きましたが、もっともっと根本的なことを考えてみたいのです。

 よくよく考えてください。人間社会だけが地球上の生物ではないのです。

動物も植物もいろんな生き物が同じ地球上に生きています。

その中でも人間は最上の位置かもしれませんが、地球上の生物の一員ということを

忘れてはなりません。

人間が作ったしくみの中でしか思考や行動をしていると、思いもよらない自然現象などに

驚かされる。

基本の基本から考えてみよう

今は道路が整備してビルが立ち並んだり、私たち人間が作った建造物の中で生まれ

育っていますが、自然の山々、海を頭に浮かべて想像してみよう。

何も身にまとわない男と女、そして赤ちゃん誕生

このシーンは自然界では当たり前である。

動物は服を着ていない、つまりいつも裸である。

そして自然の中での出産も当たり前に行われている。

その基本から人間誕生を考察したいのである。

自然界で生まれ、自然界の一部でもあり、自然界とともに生きる生物である。

人間の体そのものは自然界の流れと共通部分が多いはずである。

とすれば、どう生きるのかという問いに、他の動物、植物の生き様も参考になるはずである。

特に、人間よりはるかに長生きの樹木は長い歴史を見ていると思われる。

もっともっと自然界を注視して学ぶべきだと思う。

ところがとんでもない行動が多い、人間中心のことがらがあまりにも多すぎる。

自分の土地とか山とかいうが、その人の名義のものは自由にしていいことになっている。

しかし、動物の土地はないのか 木、植物の権利はないのか、人間以外の生物のことは

全く無視している行動が多い。

これでは因果応報というわけでもないが、何かのマイナス面が人間社会に襲いかかってくる

のは当たり前である。

今、どんどん人間社会の中で生まれ、人間社会の中で考え、行動している。

でも体の中のリズムもしくみも、大きくは地球のリズムも自然界のリズムとともに動いているわけで

人間社会のリズムとは異なっているわけです。

同時に異なるリズムが体内で行動の中で動いているわけです。

これでは精神異常者も多くなるし、体調不良の方も多くなるのは当たり前だと思います。

食べ物も気をつけなければなりません。

ベストな食べ物は、実は自分が生まれた土地でとれたものなんです。

自然界はうまくなっています。生まれたに近い場所でとれるものが一番体調良好になっているのです。

ところが今は遠方のたべものが自由に入り、体に地球上反対側の食べ物ものまで食べている状況です。

これでは体がおかしくなるはずです。

縄文時代を研究してください、暮らしぶり、食べ物、衣類、家、ヒントがたくさんあります。

最近 雑穀5種とか12種とか、ごはんに入れて炊くようになっていますよね

健康のためと宣伝していますね

縄文時代の食べ物と似ていませんか